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「お題シリーズ-拍手御礼-」
花言葉

紫苑

 ←マルガリータ -あんたも物好きだな- →第74話 蜩(ひぐらし)

雷鳴が響いた。
開いた障子戸から風が吹き込み、蝋燭の灯を揺らす。
高杉は僅かに顔を顰めると、手元の書簡を畳んで文机に戻した。

雨か。

風が雨の匂いを連れてくる。
縁側の向こうに見える空は、厚い雲に覆われていた。

それがたとえ微かなものであっても、雷の音が響けば顔をあげてしまうのは昔からの癖だ。
-もうそんな必要はないとわかっていても。

なんであんなものが怖いんだ。

雷に怯え、体を震わせていた少女によくそう訊いた。
高杉にとっては雷など単なる自然現象のひとつにしか過ぎず、恐れを抱くようなものではなかったから。少女の気持ちは理解できなかった。

その理由を知ったのはずいぶん後になってからだ。

母が亡くなった夜、一晩中雷が鳴っていた。
父もなく、身寄りもなく。
灯りすらない闇の中、母の亡骸の傍で夜を明かした。
嵐が過ぎて置屋の主人が様子を見に来てくれるまで、ひとりきりだった。

あれ以来、雷が鳴ると震えが止まらないんです。
まるで私から大切なものを奪ってゆくような気がして。
この世に私ひとりしかいないような気がして。

そう言って寂しげに微笑んだ彼女の顔は今でも覚えている。

海辺で出会ったあの時から。
彼女の心の片隅に、常に脅えが潜んでいたことには気付いていた。
ひとりにしないで。
私を置いて行かないで。

彼女がそれを口にすることはなかったけれど。

だから。傍にいた。
なにがあっても、どんな時でも。
片時も傍を離れなかった。
たとえ体は別の場所にあっても、心は常に傍にいた。

お前はひとりじゃねえ。
未来永劫、俺はお前を離さねえ。

そう思っていたはずなのに。

どこで間違ったのだろう。
なぜあの時、手を離してしまったのだろう。
たった一言。
その一言を口にしていれば、何かがかわっていただろうか。

気だるい湿気が肌にまとわりつく。
音もなく降り出した雨は、やがて激しく空気を震わせた。

高杉は静かに立ち上がり、障子戸に手をかけた。
雨を防ぐために障子を閉めようとし、ふと庭先に目を落とす。
雫に濡れる緑の中に、薄紫色の花が揺れていた。
それは、未だ忘れられぬ女が身を震わせているようで。

お前は今も、ひとりきりで震えているのか。
ひとりにしないで、と泣いているのだろうか。

雷鳴とともに空が光る。
頬を冷たい雨が濡らす。
彼女と同じ名を持つその花を見つめながら、高杉は苦々しげに唇を噛んだ。


紫苑3

*紫苑の花言葉  追憶 追想 君を忘れない 遠方にある人を想う


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~ Comment ~

 

うぎゃああああ

タイトルでもう、完全にやられた。
紫苑。

その名を与えた人の回。

なんかね。他の面子より短い話の気がしたの。
でもそれは、紫苑に対する高杉の想いが深すぎて、だからこそのあっさり感なのかもしれないと思った。

また明日来るねー!

 

タイトルが…タイトルが… 涙
もーー!

 

アップありがとう!
何度も言うけどこのタイトルは卑怯なり!w

>風が雨の匂いを連れてくる

私、雨の匂いは好き!!
匂いだけ、なんだけどね。
あとは湿気で髪の毛ボーボーになるし、不快指数上がるし(特に電車)、蚊が出没するし。イライラしちゃう。

でも匂いだけは好きなんだー
水っぽい匂い。

紫苑が雷を嫌う理由、とうとう判明したね。
お母さんの死に直結してたんだ…
以前淡々と語ってた紫苑(というかあやめ)が懐かしい。
名前が3つあるあの話、好きだった!

孤独を抱えてた紫苑に、高杉はずっと寄り添ってたんだね。

たった一言、と高杉は言うけれど。
言っても結果は変わらなかったのでは?と思う今日この頃。
たとえばどんなに言葉を尽くしたとして、はたして紫苑が彼を失う恐怖を払拭できたか?

でも言葉の威力ってすごいしね。
たった一言がその人の人生を変えることもあるし。
そう考えると…分かんないか。

あーもどかしい。

紫苑の花言葉が追憶、追想。
まさにぴったりじゃないか。

苦味のあるお話、ありがとう!

グリーンさん&あーやんさん 

コメントありがとうございます!

唐突に始まった「花言葉シリーズ」もラストです。
さいごはやっぱりコイツしかいねえし。
というわけで高杉編です。
で、高杉と言えばこの花しかねえ!

なのでタイトルも「紫苑」なんだけど(汗)

グリーンさんのおっしゃる通り、他の5編にくらべると短いです。
あ。総司編も結構短かったかもw
なんかね。高杉には多くを語らせたくなかったというか。
語る言葉がないというか。

>紫苑が雷を嫌う理由、とうとう判明したね。

はいな!
初めて「雷シリーズ」を書いた時は、こんな設定は考えてなくて
単なるノリだったんですけどねw
書いてるうちに「理由が必要だよなあ」と思って。
で、彼女がここまで雷を怖がるんだから、生半可な理由じゃ説得力ないよなあ・・・と。
で、思いついたのがこの理由、という。
なんとも後付けで申し訳ないww

>孤独を抱えてた紫苑に、高杉はずっと寄り添ってたんだね。

ですです!
もちろん高杉が「理由」を知ったのは随分後になってから(大人になってから)なんですけど、
理屈ではなく感情で、ずっと紫苑の傍にいた。
やっぱり二人は「魂の半身」だったんだと思います。

>たとえばどんなに言葉を尽くしたとして、はたして紫苑が彼を失う恐怖を払拭できたか?

たぶん、できなかったと思う。
今度ね、リレー設定での「高杉を失ったあとの紫苑」を書く予定をしてるんですけどね。(←あくまで予定。
「あやめ」みたいに「強く生きていく紫苑」が想像できない。
「繊月花」の時は、そこまで考えて書いてたわけじゃないんですけど、結果的に「紫苑」は高杉と別れて土方と出逢ったことで幸せになれた気がするw
グリーンさんが言う「狂愛」では、もしかしたら幸せにはなれないのかもしれないなって。
なにを「幸せ」というかはわからないけど。

>紫苑の花言葉が追憶、追想。

これはもう!
「繊月花」で紫苑の名前を考えるときに、花言葉を調べまくって決めたので!

>苦味のあるお話、ありがとう!

苦味ww
でも確かにそうかも。
高杉×あやめはどうしてもほろ苦いんだよねえ・・・

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